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【サッカーW杯】ベスト8挑戦 世界との差は「すべて」でも「わずか」、西野監督が”もっている”ものとは

西野監督奇跡を呼ぶ男

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監督、選手たちの対戦後のインタビューに胸が詰まります。

「何が足りないんでしょうね。(世界との差は)すべて。でもわずか。壁は厚い。」と西野監督。

絞り出すワールドカップサッカーベスト8への挑戦に対する言葉。

「今言葉が出ない。言葉を選ぶのが難しい」と長谷部選手。

「(涙)このチームでもっとやりたかった」と原口選手。※技あり先制ゴール

「これがサッカー。受け止めにくい結果ですけど」香川選手。

「(泣いて言葉が出ない)このメンバーでここまで戦えたことは誇らしい。若い世代には次にはベスト8狙ってほしい。勝利を願っていたサポーターには申しわけない気持ち。ですけど精いっぱい戦ったことは確か。」乾選手。※2点目のミドルシュート

「正直本当に悔しい。サポーターの皆さんにパワーをもらったのに申しわけないキモチ」大迫選手。

「悔しいですけど、すべてを出したんで悔いはない。力不足ですね。」長友選手。

「最後まで、自分たちのベストを出し切ったことに関しては良かったと思う。個人的にはチームのみんなにもう一個上の景色を見せてあげたかった。自分の目標を達成できないままW杯はおわるんですけど、次の世代につなげたい」本田選手。

 

後半開始後7分で2点先取のときには日本中をしあわせな気持ちにさせてくれたその後、超えられない「壁」がフイに襲いかかってきました。
地面をたたく昌子選手の姿が、象徴するどうにもならない喪失感。
なかなか起き上がれないイレブンに、順に手を差し伸べていったのはベテランの手でした。



「マジカルな試合」
「アメージング」
「日本がマークのスタイルを変えて、ベルギーが勝つのはカンタンではなかった」
「並みはずれていい試合だった。ワールドカップに貢献してくれた。日本、ありがとう」
これが日本×ベルギーに対する海外メディアの感想です。

ワールドカップベスト16に導いた西野監督

「西野監督の喜ぶ姿も微笑ましかったです。 正直、あんないい試合が観れるとは」
西野監督の采配に見ている 僕らは胸熱」
「西野監督ってやっぱりもってる監督であるけど、絶対優秀な方なんやろうな… 選手との信頼関係みたいなのが 試合を通してめちゃくちゃ感じた」
「西野監督はファンタジックだった。」
「ワールドカップ決勝トーナメントというものすごい大舞台で戦ってくれた西野監督日本代表選手のみなさんへありがとうの気持地でいっぱいの朝!」

時折「(守りに入らなかった)西野監督の采配ミス」という手痛い感想もあるものの、サムライジャパンの挑戦を観戦し終えたサポーターの声の大半は西野監督への感謝で溢れていました。

西野監督の下でユース時代を過ごした愛弟子松原氏が語るには「西野監督のすごさは分析力」と。
西野監督と選手たちの信頼関係は「俺は世界を知らないからみんなの意見を聞かせてくれ」の一言だったと言いますが、
どのような道をたどってきたのか西野監督の軌跡をたどってみましょう。

■西野朗(にしのあきら)監督 プロフィール

誕生日/1955年4月7日
出身地/埼玉県浦和市
家族/妻 美佐子さん 娘 さやかさん 息子 卓朗さん

埼玉県立浦和西高等学校を経て、早稲田大学教育学部に入学。ア式蹴球部に所属。在学中に日本代表に選出された。高校時代からサッカー界のプリンスとよばれていた。
1979年 日立製作所へ加入。
1985年 日本サッカーリーグタイ記録の8試合連続得点をあげベストイレブンにも選出された。
1990年 引退
1991年 U-20日本代表監督
1994年 アトランタオリンピック本大会出場を目指すU-23日本代表監督に就任。28年ぶりとなるオリンピック出場に加え、ブラジル戦で勝利をあげ「マイアミの奇跡」と言われる。
1998年 日立製作所を前身とする柏レイソルの監督に就任。
1999年 ナビスコカップ優勝に導き、クラブ・西野自身にとって初のタイトル獲得・
2000年 2位というクラブ史上最高の成績を残し(年間獲得勝ち点は1位であった)、自身初となるJリーグ最優秀監督に選ばれた。
2001年 6位に終わり解任。
2002年 2002年よりガンバ大阪の監督に就任。
2005年 G大阪と自身にとっても初となるJ1リーグ優勝を達成し(2005年J1最終節)、2度目のJリーグ最優秀監督賞を受賞。
2007年 ナビスコカップ優勝を達成。
2008年 AFCチャンピオンズリーグを制し、AFCからアジア最優秀監督に選ばれる。天皇杯優勝。
2009年 12月5日の千葉戦で、J1通算200勝を達成。さらに、この年の天皇杯を制し、天皇杯連覇。
2011年 二年間結果出せず解任。
2012年 5月19日、成績不振により解任された和田昌裕の後任としてヴィッセル神戸の監督に就任するも11月解任。
2014年 名古屋グランパスの監督に就任。翌年退任。
2016年 3月、日本サッカー協会(JFA)の理事に就任し、降格処分となった霜田正浩技術委員長の後任として技術委員長に就任。
2018年 4月7日、ヴァヒド・ハリルホジッチが突如として日本代表監督を解任され、その2日後の4月9日に後任として西野が代表監督に就任することがJFAより発表された。6月19日ワールドカップロシア大会グループH初戦でコロンビア代表を2-1で下し、さらにセネガルと引き分け、ポーランドには0-1で負けるもベスト16に勝ち上がる。決勝トーナメントの初戦、FIFAランキング3位のベルギーと対戦し、後半2点戦勝するも2点返され、アディショナルタイムにカウンターを受けて1点入れられ惜しくも敗退。

語り草のポーランド戦 海外の反応

日本は、決勝に勝ち上がる分水嶺となった「対ポーランド戦」で、1-0で負けているにもかかわらず、最後の10分、ボール回しをして時間をつぶし攻撃しませんでした。他の試合の結果に懸けて自力で勝つ道を選ばず「他力」を選びました。「醜い試合」と選手もいい、会場はブーイングの荒しだったと言います。日本では「あの場面でよくぞその決断をした」と感嘆されるほどの西野監督の戦術は、海外メディアには醜く映ったようです。
「逃げるは恥だが役に立つ」という西洋の格言は忘れられていたようです。

「ワールドカップ史上最大の恥」
「茶番」
「ラッキージャパン」
「もう日本は応援しない」
「東洋のチームは嘆かわしいパフォーマンスで試合を締めた」
「試合は日本人たちの赤面すべきイメージとともに終了した」
「試合は死に絶え、ナンセンスなものへと変わってしまった」
「日本はフェアプレーに背き長ながら、フェアプレーでもってグループステージを突破した」
「日本の恥ずべき行いであり、彼らの文化に反している」
「幸運にもニシノは奇跡慣れしている」

そんな中、

「ハイリスクの戦略が上手くいった」
「ギャンブルが功を奏した」
「ワールドカップの2ヶ月前に監督交代するのは大きな賭けだった。」
「ポーランド戦の先発を大幅に変更するのも賭けだった。賭けに報われ続けている」
「西野監督の勇敢な決断が報われた」
「問題ないね。彼の戦略がきっちり成功した」
「日本はルールを破っていない」
「俺は西野監督を責めたりしないぞ。彼は賢くあって無難にプレーさせただけだ」
「これはインテリジェンスと呼ばれるものだ。目標は大会を勝ち上がることで、15分間ファンを喜ばすことではない」
「日本代表にあまり問題は感じないね。あの状況でボールを保持するのは素晴らしい戦略だ。しかしながら、ポーランドがプレーを止めてしまったのは問題だと思う。ファンがプーイングし始めるのも不思議ではない。金を払って見ている人にとっては苦痛だっただろう」
「経験豊富な監督だ」

という声も聞かれました。
西野監督自身は「プランになかった選択を迫られたなかで選んだのが、他力だった。自分の心情とすれば不本意です。でも選手に遂行させました。ただワールドカップはそういう戦いもあって、その選択が正解と出れば、それは勝負に勝ったということなのかなと。ワールドカップでこのグループステージを突破するなかで、監督としての究極の選択かもしれません」といい、翌日選手を集めてのミーティング前に不本意な試合をさせてしまったことに対して謝ったそうです。

日本のメディアも「大きな賭けに出ましたよね!西野監督は」とこの采配にくぎ付けになりました。
紙一重の繊細かつ大胆な戦術は、チームを勝たせることにおいて日本でNO1の西野監督の経験から導き出されたものだったのでしょう。

日本サッカー協会の技術委員長を務めるようになり、日本のサッカー育成環境についての問題意識を常に持っていたと言います。また、現場ではない場所からサッカー環境を鳥瞰する立場に立ったことが、「今、とにかく勝つ」だけでなく試合で経験するいろいろな状況で、未来の選手まで育成をすることを視野に入れているような視野の深さ、広さを感じました。

それにしても63歳ですか。見えませんね。若い!



西野監督のホロスコープ

満月の日に誕生されてますね。その満月と木星や天王星という星がつながっています。人に信頼されるのは、教育者としての地道で深い洞察力を積み重ねてきているからだと解ります。選手としてよりは監督にふさわしい火星ー土星の関係を持っていて、その力がご本人の人生を輝かしいものにしています。キーワードは「信頼が成し遂げる変革」みたいなイメージです。

ご家族のサポートがなければ実現しないことですし、実際それをされているのでしょう。ただ、他の星が「イレブン」のように協力的なのに対して、金星だけが孤立しているんですよね。

 

画像出典元:福田雅澄チャンネル

西野監督の記者会見から

「本気にさせたベルギーと戦いたい。まさに最後の30分は本気のベルギー。」

「すぐシャワーを浴びろ」とみんな裸でいたので声をかけた。

「結果については残念。追い詰めましたけど、僅かであってもわずかではないのかも。でもわずか。」

「過去のラウンド16とは違う形のものを選手たちに体験してもらいたかった。」

■あくる日の情報

キレイに清掃された日本チーム選手ロッカールームに感動したロシア人スタッフがツイッターに投稿し、拡散されている。スパシーバ(ありがとう)のロシア文字と折り鶴を張り付けた紙面の写真が拡散されたということです。世界のお手本となる姿を見せてくれます。

「W杯を戦ったことで、選手としても人間的な部分でも成長させてもらいました。なかなかこうした大会はないと思います。結果はベスト16敗退でしたが、非常に多くの面で自分を成長させてくれた大会だった」と柴崎選手が言うように、W杯は選手を成長させる特別な機会であり、教育の場としての絶好の舞台を演出したキーマンが西野監督だったのだろうと思いました。

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