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部分日食の日、池上彰さん解説『富士山7つの秘密』の内容、富士山の人気登山コース、噴火歴、名の由来異説

富士山7つの秘密

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富士山といえば日本の象徴ともいえる美しい山として世界中に知られるあまりにも有名な名山です。2019年1月6日10:28にやぎ座の15度で部分日食の新月を向かえましたが、実はやぎ座というのは「土性」のなかでも大きな山をイメージする星座で、ここに主要な10天体のうち5つの天体が集まっている特別な日になります。この日、テレビでは池上彰さんの解説による『富士山7つの秘密』という番組が放映されました。

以下の7つの秘密についての知られざる内容について解説されていました。
その1、富士山のルーツは”かぐや姫”
その2、富士山の最大火口は中腹にあった
その3、富士山とキラウェアに共通点
その4、富士山山頂に温泉があった!?
その5、高速道路工事現場に過去4000年の噴火の歴史がみえる
その6、富士山山頂は巨大な賽銭箱(さいせんばこ)
その7、富士山と共に生きる

内容を簡単にご紹介します。



池上彰さが解説する「富士山7つの秘密」のおおまかな内容

その1、富士山のルーツは”かぐや姫”
富士山の名前の由来について、竹取物語からとられているのでは?という説が述べられていました。かぐや姫が月に帰る前に帝に送った「不老不死の妙薬」をかぐや姫のいる月に最も近い山にたくさんの兵士を護衛に登って燃やし、士が富む山(富士山)、不死の山と呼ばれたなどの節があるということです。
その2、富士山の最大火口は中腹にあった
富士山には100個以上の火口があり、さらに割れ目噴火を繰り返したことにより表面に割れ目ができた上に、富士山特有の雪崩である雪代の威力が山肌を削りかなり傷ついた山。であるのに美しい姿を見せるのは、繰り返し噴火を重ねて「溶岩化粧」を施したからということです。繰り返し繰り返し噴火を重ねて高い山になったのです。
その3、富士山とキラウェアに共通点
2018年5月からハワイ島のキラウェア火山は「割れ目噴火」を繰り返し、24か所の新しい火口ができたと言います。溶岩が吹き出し流れる映像を間近で撮影する人も多く、噴火についての研究はかなり進んだということでした。土地の人たちは「溶岩」を意味嫌うものとしてではなく女神ペレの化身として、祈りの対象にもなっていると話し、その点でもコノハナサクヤヒメを祀る富士山との共通点が語られました。
その4、富士山山頂に温泉があった!?
昔は山頂に緑色をした温泉があったと、平安時代の漢学者、都良香の著作『富士山記』に記されているそうです。この湯だまりは神池と呼ばれ、虎岩までお湯が満ちていたとか。
また、火口が溶岩湖になっていたという研究もあります。現在溶岩湖がみられるのは、エチオピアのエルタ・マレで、現地の人々は「地獄の入り口」と呼んでいるそうです。
噴火予測の研究は様々に進められており、ミュオンと呼ばれる宇宙光線が火山を透視し火山内部のマグマがどの位置にあるかにより、噴火が近いかどうかを予知する研究が進められているそうです。
その5、高速道路工事現場に過去4000年の噴火の歴史がみえる
高速道路建設により削られた地層には、過去の噴火の火山灰の層が何層かある中に、大きなものでは3mもの岩や小岩が混じっている層があり、かつてのツインピース(二つの峰がある)の一つが崩れ「山体崩壊」して現在の独立峰となったことを物語るとしていました。
その6、富士山山頂は巨大な賽銭箱(さいせんばこ)
富士山は信仰の山であり、山頂に登頂することで功徳を積む行為であるとされてきました。女人禁制のなか、ちょんまげを結った高山たつという女性がはじめて富士登山を敢行したそうです。
その7、富士山と共に生きる



人を魅了する富士山登山ルートの特徴と魅力

日本一標高の高い場所、富士山に登ることは多くの人があこがれることです。夏の登山者はH30年で20万人を超える登山者が数えられています。
4つの登山ルートがあり、吉田ルート(17万人越え)須走ルート(2万3千人越え)御殿場ルート(1万8千人越え)富士宮ルート(7万人越え)と、山梨県側から入山する吉田ルートが最も人気が高いルートになっています。5合目から頂上までの、夏の開山期間は2018年の場合殆どのルートが7月10日~9月10日になっており、吉田ルートだけが7月1日から登れたもようです。各ルートの5合目まではマイカーや公共交通機関でアクセスし、そこから登山を始めます。(マイカー規制が入ることもあります)各ルートの特徴と魅力を簡単にお伝えします。

富士山ルート

吉田ルート
・標高差1415m、上り6時間、下り3時間
・登山道と下山道が別になっているため、初めての富士登山に向いている。
・登りの登山道に山小屋が多いのも富士登山初心者向けといわれるゆえん。逆に、下山道には山小屋がほとんどない。
・登山道が閉鎖する前に公衆トイレ、及び山小屋が営業を終了することがある。すべて終了すると吉田ルート上には登山道・下山道ともにトイレが無いのでトイレの閉鎖時期や山小屋の営業期間チャックする必要あり。
・登山口となるスバルライン5合目は、富士山中腹とは思えないほどの賑やか。
・富士山登山ルートの中で、レストランや売店などの施設が最も充実している登山口。
・標高3720mの久須志神社がゴール。

吉田口 富士山五合目 五合園レストハウス
場所/山梨県南都留郡富士河口湖町船津3449
問い合わせ先/0555-72-2121

須走ルート
・標高座約1,700m、上り6時間半、下り約3時間。
・標高の高い位置まで豊かな樹林帯が広がっており、登山中の日差しから守られる。
・樹林帯を抜けると、どこからでもご来光や影富士が見られる。スケールの大きな眺望。
・6合目からご来光スポット。
・火山砂利の下山道を一直線にザクザク下る「砂走り」ができる、変化にとんだコース。
・登山道と下山道が別。本八合目から山頂までの区間は吉田ルートと合流。
・樹林帯では見通しが効かないため、夜間や濃霧時は道に迷わないように注意。
・急な岩場もなく、全体的に歩きやすいルートで、吉田ルートと合流する8合目までは比較的空いている。
・スタート地点の標高が低い分、高所に順応しながら歩いていけるので、高山病になりにくい。
・標高差が1,700メートル以上と大きく、救護所もないので、比較的登山経験者や健脚の方向けのルート。
・小富士への登山口でもある。

御殿場ルート
・標高差2,336m、上り9時間、下り4時間。
・出発点の標高が低く、傾斜が緩やか。(山頂までの標高差が大きく、距離が長いため健脚向き)
・火山砂利を下る大砂走りの下山がダイナミック。高低差1000mを効率よく下れるとあって、ほかの登山口から登ってきた人も下山道に利用するほど人気。
・左手に双子山を見ながら広大な砂礫の斜面をジグザグに登って行く。
・他ルートに比べて山小屋が少ない。(7合目までトイレがない。休憩場所が少なく、緊急時に対応できる施設がない)登山道入口の鳥居から10分ほど登ったところにある大石茶屋で調達が必要。
・4ルート中、最も登山者が少ないため、静かな登山が楽しめる。
・登山道の標高の高い位置から、ご来光が見られる。
・目標物が少ないため、夜間や濃霧時には道に迷いやすい。
・道路が砂地で歩きにくい。
・七合目の山小屋、日の出館を過ぎると左に下山道の大砂走りが見えてきて、その先は登りと下りの共通の道となる。わらじ館、砂走館を過ぎると最後の山小屋・赤岩八合館に着き、ここからは迫力ある大きな岩壁が乱立する最後の難関。

富士宮ルート
・標高差1,376m、上り6時間半、下り3時間。
・4つの登山ルートのうち、最も標高の高い位置から出発するため、富士山の最高峰、剣ヶ峰(3776m)まで最短距離。そのため、吉田ルートに次いで登山者が多い。
・全体的に傾斜が急で、やや岩場が多い。
・登山道と下山道が同じで、ルートを間違えにくい反面、混雑時は譲り合って登山することが必要。
・六合目より上では駿河湾を一望するパノラマが広がり、日の出と夕方頃には影富士が見られることも。
・登山道が直線的で急坂なので高山病に注意が必要
・五合目へのマイカー規制がある(平成25年は7月12日17時~9月1日17時)
・西日本からのアクセスが便利
・登りと下りが同じルートなので山小屋に荷物を預けて登ることができる
・登山や下山の途中で宝永山に立ち寄ることができる

富士山の噴火歴

今から2~300年前/海の底に富士山の原型が出現。富士山周囲、甲府盆地も海の下にあった。
約20万年前/愛鷹火山と小御岳火山が活動開始。現在の富士山火口の位置とは違う場所に2つの火山が誕生したことが、富士山が高い山となった理由であると言われる。小御岳火山は標高2,500m前後、同様に愛鷹火山は標高1,500m前後にまで成長したらしたあと8万年間死火山となった。
約2万年前/古富士山形成。愛鷹火山と小御岳火山が活動を停止し、両火山が生成した大地の間に古富士火山が活動を開始した。その溶岩流と火山灰(火山弾)は愛鷹火山と小御岳火山の土台に積み重ねられ、あるいは堰き止められて富士山は高くなっていった。古富士火山は爆発的な噴火を繰り返し、高度も3,000mぐらいに。このときの火山灰は関東地方に降り積もり、関東ローム層(赤土)となった。
3,000年前ごろ/新富士山形成。古富士火山の山頂から新富士火山の溶岩流を流すハワイ型噴火が始まった。河口湖が出現。
紀元前300~500年/噴火
紀元前200年ごろ/徐福が始皇帝の命を受けて登山。
西暦150年代/ヤマトタケル登山。
200年~300年/噴火
500年~600年/噴火
680年ごろ/役小角(えんのおづぬ)富士行者の始祖。小御岳より山頂へ。
750年ごろ/噴煙
802年/噴火。小富士誕生?
870年/都良香、沸湯池の記述
932年~幾度となく噴火を繰り返す
1707年/噴火。宝永火口形成。溶岩を流さない、火山灰と火山弾が多量に吹き飛ぶブルカノ型噴火。この噴火は8日間続き100㎞離れた江戸の町も噴煙で暗くなったと言われている。このとき吹き飛ばされた火口の断面により噴火の歴史や状況の研究が進んだという。これ以降現在まで富士山は沈黙を続けている。
1872年/女人登山解禁

富士山は過去には繰り返し噴火し、3000年という年月をかけて溶岩が堆積したことで高く美しく気高い現在の姿が出来上がったのです。ですが、火山としてはまだ青年期であると言われています。

富士山の名の由来「ホツマツタヱ」より

かぐや姫伝説による「富士山」の名の由来が広く語られているようですが、『ホツマツタヱ32アヤ フシトアワウミ ミツ のアヤ』には別の説が述べられています。

もともと富士山は「ハラヤマ(蓬莱山)」と呼ばれていたところ、第7代孝霊天皇が行幸された折、このような歌を詠まれました。

「なかはふり なかはわきつつ このやまと ともしつまりの このやまそこれ」

(あるときは震え あるときは噴火しながら 周囲あわせて九つの山とともに鎮まっている これぞ最高の山である)

と詠んで、山の新しい名を考えていると田子の浦人が藤の花を献じてきたので

「はらみやま ひとふるさけよ ふしつるの なおもゆかりの このやまよこれ」ということで、フシノヤマとこの時に孝霊天皇により命名されたということです。

前振りもあるのですが、ハラミ山にはチヨミグサという不死の薬草が採れたそうです。この草をいただくことで天照大御神は大変長生きをしたということです。孝霊天皇のころにはチヨミグサが枯れてすでに久しいのですが、新しい種が生えることを期待する記述もあります。富士山(フシノヤマ)には”不死”と”藤”を掛けた命名だったということになります。



不死へのあこがれ、富士山

太古の昔、神と呼ばれる方々が地上に生きていられたころ、不死の草が富士山のふもとに咲いていたそうです。度重なる噴火によって焼けて全滅してしまったと古文書は伝えています。なんとも残念なことではありますが、富士山の現在の美しい姿は、噴火を重ねてきたからこその成果であることを考えるとちょっと複雑ですね。紀元前の中国からも不死の妙薬を求めてやってきたあこがれの富士山には、今、外国人であふれているようです。世界中の人々のあこがれの山となっているのですね。

 

 

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