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【宙船の記憶】”空みつ大和の国”をまもる神を訪ねて


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大和の國に中央政府が持たれたのは、神武天皇が立った時であると言われています。



カンヤマトイワレヒコ(後の神武天皇)が多賀宮から宮崎宮へ移った経緯

カンヤマトイワレヒコは近江國多賀宮で時の皇ウガヤフキアワセスの第4子として務めておりました。
母は、豊玉姫の弟タケズミの娘、タマヨリヒメです。いとこのウガヤと結婚し、イワレヒコを生みました。
父ウガヤの晩年に九州筑紫は鵜戸や鹿児島宮に御幸し廃れているところを直し、絶えているのを治めてから宮崎までやってきたところで齢も老いたので、多賀宮に知らせを送りました。

連絡を受けたイワレヒコは、臣のタネコとともに西宮からオオワニ船に乗り宮崎宮至って譲位を受けそのまま宮崎に居ついたのです。

カンヤマトイワレヒコが宮崎から大和にやってきたワケ

カンヤマトイワレヒコが初代天皇となった時から、時代はガラっと変わります。
大和朝廷が打ち立てられる前夜、大和の地には魅力的な神々が活躍していました。空からやってきた神様、山を築いた神様、相撲の神様などなど。古代の神さまは「宇宙人!?」と思えるほどユニークです。そんな個性的な神々の足跡を追いかけて奈良の地を巡る前に、イワレヒコが大和の国へ舞い戻った理由って何だったのでしょう。

それは、大和の国で起きたゴタゴタでした。
國が乱れたので、近江の多賀宮を守っていたイワレヒコの兄、イツセの君がイワレヒコのもとへ逃げてしまいました。
大和のゴタゴタを治めようと筑紫を納めていたカンヤマトイワレヒコが立ち、大和を鎮めようと向かったのです。

大和のゴタゴタは、アスカ宮2代目のニギハヤヒの時代でした。アスカ宮初代は、アマテルカミの孫、ホノアカリノミコトです。

空から舞い降りた天火明命(ほのあかりのみこと)

天火明命(ほのあかりのみこと)は、天照大神の孫“天孫”です。生まれてから、東北の父のそばで皇子として育てられました。
大和の地は春日大社のご祭神の1柱である天児屋根命(あまのこやねのみこと)の父が治めていましたが、老齢により引退することになり、そのあと目を天火明命にと父が押して就任しました。総勢900名近い従者が列をなして東北から伊豆までたどり着きました。
そして伊豆より大空を翔け「あまのいわふね 大空を 翔けり巡りて この里の 名をも空みつ 大和國」と降り立ったのでした。
神が降りたった地は生駒山とも伝えられています。

天火明命が築山したとされるのが大和三山の一つ天香久山です。

生駒山/奈良県生駒市菜畑町

天下取りの山をまつる香久山神社(かぐやまじんじゃ)

畝傍山(うねびやま)、耳成山(みみなしやま)を含めた大和三山の中で、唯一「天」の字を冠する香久山には香久山神社が鎮座します。ご祭神は櫛真智命神(くしまちのみことのかみ)といいます。別名は天児屋根命です。

天香久山は「天下取りの山」として権力者にとって特別なお山になったのは、神武天皇がこの地で天下統一した逸話に由来します。
神武天皇は宮崎から出発し何年もかけて兵力を固めながら熊野から紀伊半島に入りましたが、非常に抵抗が強くて、何度も前進しあぐねいています。最後の最後までてこずるわけですが、突破するために天香久山の土で作った神器を使って神に祈れとの夢知らせがあったのです。その結果、神武天皇の天下統一が成立しました。

その特別な山である天香久山を祀る神社のご祭神は、地主神ともいえる春日大社の神様なのです。

天香山神社
ご祭神/櫛真智命神(くしまちのみことのかみ)
住所/奈良県橿原市南浦町608
アクセス/JR香久山駅徒歩20分
問い合わせ先/050-3456-3991

御蓋山(みかさやま)を祀る世界遺産春日大社(かすがたいしゃ)

御蓋山を築いたと言われる天児屋根命(あまのこやねのみこと)は、最初天火明命の大臣を務めていました。天火明命が最初の宮が気に入らず宮移しをすることに断固反対し、解雇されてしまったのです。

その後天火明命の弟、瓊々杵尊(ににぎのみこと)の大臣となり活躍されたのです。
春日大社は、当地を治めていた天児屋根命の父の跡を継いだ祀りの社なのです。

天火明命のもとを天児屋根命という人材が去りましたし、それに子に恵まれませんでした。
香久山を築山した後亡くなるとアスカ宮の跡を饒速日命(にぎはやひのみこと)が継ぎこの地を治め、そんな時にカムヤマトイワレヒコ(神武天皇)と対峙することになったのです。

最後まで抵抗したのが饒速日命の家臣である長髄彦(ながすねひこ)でした。
長髄彦の最後の砦と言われるのが等彌神社(とみじんじゃ)です。

春日大社
ご祭神/春日神(武甕槌命(たけみかづちのみこと)、経津主命(ふつぬしのみこと)、天児屋根命(あまのこやねのみこと)、比売神(ひめがみ)の総称)
住所/奈良県奈良市春日野町160
アクセス/近鉄奈良駅から徒歩25分。JR奈良駅から徒歩35分
問い合わせ先/0742-22-7788



長髄彦の最後の砦等彌神社(とみじんじゃ)

大嘗祭が日本で最初に行われた場所が等彌神社の神奈備、鳥見山(とみやま)山中の鳥見の霊畤(とみのれいじ)です。
これは、国家形成の意義からも非常に重大な発祥の史跡であるとのこと。橿原市で紀元2600年祭が行われた際、この鳥見山が、霊畤伝承地としての国家の認証を受けているそうです。

決戦のとき、金色のウノトリが神武の弓先に止まり、長髄彦は矛を降ろしました。その地が当地、鳥見となったとされます。鳥見は外山(とび)で、桜井市南東の鳥見山山麓のこの地です。等禰神社からすぐ北の三叉路の標識が「外山」となっています。

味方も全員敗走し、長髄彦の最後の砦といってもいい鳥見(登美)の地。
長髄彦は登美毘古(とみひこ)とも呼ばれ、妹の登美夜毘売(とみやひめ)は、天照大神から十種を受け継いだ、わが君主である饒速日と結婚しました。跡取りの息子が確実に生まれるよう画策したのが長髄彦で、宮中の奥義である”世継ふみ”を盗んでまで妹に君主の子を産ませようとしました。物部氏の祖である宇摩志麻治(うましまち)が産まれました。
禁破りを犯し、国を乱した罪を咎め大和に攻め上った神武天皇だったということが『ホツマツタヱ』に伝えられます。

饒速日命は神武天皇に服し、子の宇摩志麻治は神武天皇治世の元、物部(武器・防衛の役)の役割を担うことになりました。宇摩志麻治が神宝を祀った社が石上神宮です。

等彌神社
ご祭神/大日霊貴命(上津尾社)春日大神、八幡大神(下津尾社)
住所/奈良県桜井市桜井1109
アクセス/JR・近鉄 桜井駅から 徒歩15分
問い合わせ先/0744-42-3377

国宝 石上神宮(いそのかみじんぐう)

物部氏の祀りが伝わる石上神宮のご祭神は、布都御魂大神(ふつのみたまのおおかみ)いいます。国を治める剱です。
配神として、布留御魂大神(ふるのみたまのおおかみ)といって アスカ宮に伝わった十種神宝に宿る起死回生の神霊が祀られます。
拝殿は国宝に指定されており、拝殿の奥は禁足地となって神域がしっかり守られていることが感じられます。

大和の国は京都に都が移る前、長らく国の中心であったわけですから折り重なる歴史が神話になっている土地だとわかります。
ぜひ奈良の街をめぐってみてはいかがでしょう。

石上神宮
ご祭神/布都御魂大神(ふつのみたまのおおかみ)
住所/奈良県天理市布留町384
アクセス/奈良交通バス苣原行き乗車、「石上神宮前」下車7分、徒歩5分。
問い合わせ先/0743-62-0900

神武天皇誕生前の古代にねむる宝物

空から降り立った神・・・

想像しただけでもワクワクしますね。

アスカ宮を築いたホノアカリノミコト以降、日本神話の世界が終ってしまったようにがらりと雰囲気が変わります。

「空から降りた」

「雨風をよんだ」

「波を鎮めた」

日本には縄文時代の天文台や舟形の磐座がたくさんあります。
そんな神様が神様らしく生き生きと躍動する物語ってハマります。

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